○○していたら
石川は
稚内で生まれ、稚内で育ち、稚内高校に進学し、
札幌の予備校で2年浪人をして、北海道大学に合格できました。
もし、
稚内ではなくて札幌(東京)に生まれていたなら、
もし、
高校進学の際に札幌(東京)の高校に進学していたなら、
東京大学や京都大学を目指していたのではないか、
と思っています。(東京工業大学第1類もいいなあ)
しかし、
目指したとしても合格できなかったと思っています。
「都会」なのか「田舎」なのかは大きない違いです。
「進学校」なのか「非進学校」なのかは大きな違いです。
「都会」「進学校」の方が、学習環境という意味において、
間違いなく有利であると石川は思っています。
でも、自分よりはるかに優れている生徒が間違いなくいるでしょうし、
自分と同じぐらいの学力の生徒もたくさんいるはずです。
できて当然とされるレベルも上がるでしょう。
そんな状況の中で、信念を持って勉強をやり通すことができたかどうか、
石川には自信がないのです。
「田舎」「非進学校」の方が、学習環境という意味において、
間違いなく不利であると石川は思っています。
でも、学力が高くない集団だからこそ、比較優位になれた可能性は高いですし、
だからこそ自尊心を持って勉強に向き合えた可能性もあると思っています。
石川は、自分自身のことをこのように分析しますが、
人によっては、
「都会」「新学校」という環境でもまれた方が力を発揮する人、
「田舎」「非進学校」という環境だと力が発揮できない人、
も当然いるであろうと思っています。
ここまでだと石川は謙虚な人間だ、と思ってもらえるかもしれませんが、
次のようにも思っています。
もし
稚内ではなくて札幌(東京)に生まれていたなら、
もし、
高校進学の際に札幌(東京)の高校に進学していたなら、
東京大学や京都大学を目指してはいたが、合格できず、
2浪くらいして北大には受かったであろう、と。
傲慢に思わるかもしれませんが、石川の実感です。
この年齢(43歳)になると、
役回り、巡り合わせ、という感覚も抱くようになりました。
様々な出来事が起きます。
良いことも、悪いことも。
たまたま、石川は今この状況ではありますが、
一歩間違えば犯罪者になっていたかもしれないし、
何かのきっかけで大会社の社長や政治家になっていたかもしれません。
人事において、その人である必然性を感じないことが少なくありません。
しかし、
最近は、どのような段階を踏んでも同じような結果になる、
と感じるようにもなりました。
(稚内で生まれても札幌で生まれても、北大に入っていた、というような。)
だから、頑張らなくてもよい、ということではなく、
だからこそ、
おかれた状況で全力で頑張ることが大切なのだ、
と思うようになりました。
札幌が良いなら、東京が良いなら、
今からだって移動すればよいことです。
それができるように全力で頑張ることが大切なのだと思います。
また、全力で頑張った結果、それが成し得ないのなら、
それは、どうにもならないことなのだから、
そのおかれた状況で最善手と思われることをやり続ければ良いのだと思います。
そうすれば、少なくとも、
「あのとき、こうしておけばよかったのかも」
と思うことはなくなるでしょう。
なぜなら、そのときそのときでやれる最善手を打ち続けているはずですから、
後悔のしようがないはずです。
もちろん、やってしまってから、「こうしておけば良かった」ということは簡単ですが、
そもそもやる前にそれがわかっていなかったのですから、後悔する対象にはならないはずです。
稚内で生まれ、稚内で育ち、稚内高校に進学し、
札幌の予備校で2年浪人をして、北海道大学に合格できました。
もし、
稚内ではなくて札幌(東京)に生まれていたなら、
もし、
高校進学の際に札幌(東京)の高校に進学していたなら、
東京大学や京都大学を目指していたのではないか、
と思っています。(東京工業大学第1類もいいなあ)
しかし、
目指したとしても合格できなかったと思っています。
「都会」なのか「田舎」なのかは大きない違いです。
「進学校」なのか「非進学校」なのかは大きな違いです。
「都会」「進学校」の方が、学習環境という意味において、
間違いなく有利であると石川は思っています。
でも、自分よりはるかに優れている生徒が間違いなくいるでしょうし、
自分と同じぐらいの学力の生徒もたくさんいるはずです。
できて当然とされるレベルも上がるでしょう。
そんな状況の中で、信念を持って勉強をやり通すことができたかどうか、
石川には自信がないのです。
「田舎」「非進学校」の方が、学習環境という意味において、
間違いなく不利であると石川は思っています。
でも、学力が高くない集団だからこそ、比較優位になれた可能性は高いですし、
だからこそ自尊心を持って勉強に向き合えた可能性もあると思っています。
石川は、自分自身のことをこのように分析しますが、
人によっては、
「都会」「新学校」という環境でもまれた方が力を発揮する人、
「田舎」「非進学校」という環境だと力が発揮できない人、
も当然いるであろうと思っています。
ここまでだと石川は謙虚な人間だ、と思ってもらえるかもしれませんが、
次のようにも思っています。
もし
稚内ではなくて札幌(東京)に生まれていたなら、
もし、
高校進学の際に札幌(東京)の高校に進学していたなら、
東京大学や京都大学を目指してはいたが、合格できず、
2浪くらいして北大には受かったであろう、と。
傲慢に思わるかもしれませんが、石川の実感です。
この年齢(43歳)になると、
役回り、巡り合わせ、という感覚も抱くようになりました。
様々な出来事が起きます。
良いことも、悪いことも。
たまたま、石川は今この状況ではありますが、
一歩間違えば犯罪者になっていたかもしれないし、
何かのきっかけで大会社の社長や政治家になっていたかもしれません。
人事において、その人である必然性を感じないことが少なくありません。
しかし、
最近は、どのような段階を踏んでも同じような結果になる、
と感じるようにもなりました。
(稚内で生まれても札幌で生まれても、北大に入っていた、というような。)
だから、頑張らなくてもよい、ということではなく、
だからこそ、
おかれた状況で全力で頑張ることが大切なのだ、
と思うようになりました。
札幌が良いなら、東京が良いなら、
今からだって移動すればよいことです。
それができるように全力で頑張ることが大切なのだと思います。
また、全力で頑張った結果、それが成し得ないのなら、
それは、どうにもならないことなのだから、
そのおかれた状況で最善手と思われることをやり続ければ良いのだと思います。
そうすれば、少なくとも、
「あのとき、こうしておけばよかったのかも」
と思うことはなくなるでしょう。
なぜなら、そのときそのときでやれる最善手を打ち続けているはずですから、
後悔のしようがないはずです。
もちろん、やってしまってから、「こうしておけば良かった」ということは簡単ですが、
そもそもやる前にそれがわかっていなかったのですから、後悔する対象にはならないはずです。
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