どのような力を身に付けているのか

先日、外で食事をしていたら
隣から幼い子供をつれた夫婦の会話が聞こえてきました。

「職場は、まわりの人が大卒ばかりでもっと勉強して大学に行っておくんだった。
でも、大卒でも偉くならない人もいれば、高卒でも偉くなる人もいるし・・・」
と、父親らしき人が言っています。

ほう。

この人は偉くなるとか、高い給料をもらうとか、
のために勉強する、というスタンスなのですね。

石川は、
これが間違っているという気持ちはありません。
いや、これが現実だと思います。

でも、
このスタンスだと
「偉くなれない、高い給料がもらえないなら、勉強するのは損だ」
ということになるような気がします。

偉くなくても、
高い給料がもらえなくても、
勉強ができるという一つの価値があることは、
その後の道を切り開くのに大きく貢献するのではないでしょうか。

この人が言う通り、
「大卒でも偉くならない人もいれば、高卒でも偉くなる人がいる」
というのは、真実でしょう。
だからころ、
学生時代に勉強をして、
時代や、
景気や、
組織に
依存しない力をつけるために、
勉強することが大切なのではないでしょうか。

何かの役に立つかどうかではなく、、
実用的かどうかではなく、
国語・数学・英語・理科・社会を
勉強する過程で

新しい概念を受け入れる力、
締切に間に合わせるように工夫する力、
周りの優秀な人に対する劣等感を自身の力に昇華することや自身の力に対する謙虚さ、
自身よりも後を歩くものに対して手を差し伸べる易しさや奉仕の心、
を身に付けることができると石川は思っています。


歴史に名を残すような数学の天才が
数学を学ぶことに大きな意味があることは言うまでもありません。
しかし、
石川を含めた、そうではない、圧倒多数の凡人にとって、
数学を学ぶ意義は、
数学の内容それ自体よりも
数学を学ぶことを通して身に付けることができる(上記のような)力
の方にあるのであろうと思います。

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